探偵 父をたずねて 4

もちろんわたしに拒む理由はない。前回のように詳しくは事務所で、ということなので、時間を打ち合わせて事務所で待つことにした。早川直子は、今回も、約束の時間きっかりに現れた。印象は前より少しばかり大人っぽくなり、洋服もセンスもよくなったように感じた。しばらく雑談したあとで本題に入った。
「今度は人捜しなのですが、そんなこともお願いできるのでしょうか」
「はい、大丈夫ですよ。ただし、あなたから見てご親族かそれに準じた人に限りますが。それでどなたのことをお調べになりたいのですか」
「父です」
「お父さん?」
前回の調査のとき、確かに父親の早川史郎氏のことも調べたはずだ。あのあとで、父親と依頼人の間に何かあったのだろうかとも思ったが、そんなこともあるまい。では何を知りたいというのだろうか。わたしは混乱していた。
「少し複雑なのですが、これをご覧いただけますでしょうか」
依頼人が提出した戸籍謄本をチラッと見た瞬間、大まかな事情は理解できた。それと同時に、しまったという気にもなった。依頼人が前回自分のことを調べてほしいと言ったのは、まさしくこのことだったのではないかと思ったからだ。単純な「自分探し」と思い込み、依頼人もこのことにまったく触れていなかった。では前回の調査と今回のことは無関係なのか。

このときわたしは別のことに思い当った。この依頼人の前回の調査は、本件を依頼するにあたって、わが事務所を試すためだったのではないか、ということだった。しっかり者の彼女のことだ。いろんな状況を考慮して調査に及んだはずで、調査会社も吟味したのではなかろうか。テストされたかもしれないと思った瞬間、ちょっと嫌な気持になったが、長い間探偵業をやっているといろんな経験をする。今回のようなことはささいなことだ。ひどいのになると、夫の素行調査を依頼してきた夫人が、もう一つの探偵社に同じ依頼をしていたというのもあった。

調査にかかって間もなく、張り込んでいた調査員が、「所長どうも変なんです。現場に同業者みたいなやつがいて、マルヒが動いたので尾行を開始すると、そいつの車もついてくるんです」と言ってきた。そのときは、わたしも若かったので、調査員らに、「尾行を中止して、すぐ戻ってこい」と指示し、依頼人には「信頼できるところに任せたらどうですか」と丁重に言って、せっかくの依頼を断ったことがあった。

だが、今回は、依頼人の早川直子がなぜ、こうした手の込んだことをしたのか、そのことも知りたくて依頼を断ろうという気は起きなかった。
「あなたのおっしゃりたいことは、周囲の人にはわからないことだから心配ありませんよ。ただ、将来結婚する場合、相手方が少し気になさるかもしれませんね」
依頼を引き受ける気持ちを固めたわたしは、この手の調査に対する心構えを持たせるために、依頼人にこう話した。依頼人は、なぜか驚いたような目でわたしを見つめ、「はい」と返事した。

わたしは依頼人に、
「お父さんを捜さないほうがいい場合もあるんですよ。なぜならば、あなたの気持ちが早川氏に知れると、早川氏は寂しい思いをするだろうし、偏屈な人なら背信と取られかねない。また、たとえ捜し出して会ったとしても、あなたの思い描くような人でなかったりして、あなたの中の父親の偶像が崩れることもある。調査費用だって、前回よりも高いものだし」などと諭したが、依頼人の決心は固く、ついでにこんなことも言った。
「わたしはこの秋結婚する予定です。もちろん、いままでの生活や、養父に不満があってのことではありません。ただ、結婚することで姓が変わるということを考えているうちに、どうしても新田家や、ほんとうに父親のことが知りたくなったのです。わたしは、紛れもなく、新田直子としてこの世に生まれてきました。養父に対する恩は恩として、早川直子はほんとうのわたしではないような気がしてなりません。調査したことは誰にも話さないし、結果がどうであれ、受け容れる覚悟です」

幼く頼りなげな印象の依頼人は、小さな声ながらキッパリとした口調で言った。前回の調査のときにはすでに縁談話が持ち上がっていたのだろう。もちろん、その段階で相手方に、実は自分で幼女であるとか、母親が再婚したなどと言う必要はない。万が一、そうした事実を知った相手が側が結婚に難色を示したとしても、それはそれでそかたないと思っていただろう。しかし、結婚後、父親のほうからアプローチされる場合も考えられる。そのことが居合わせな結婚生活に悪影響を及ぼすかもしれない。そのために、信頼の置ける探偵社を探していたのだろう。一応、わが探偵社は依頼人のお眼鏡にかなったというわけだ。今回の依頼人にほんとうにそういう気持ちがあったかどうかは、わからない。あるいは、わたしの深読みかもしれない。しかし、推測は確信に変わっていた。このようなひ弱そうな女性のどこにこのような強い精神がひそんでいるのか、認識を新たにさせられた。このことについて確かめず、本件を正式に受件した。

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