探偵 父をたずねて 13

京都や大阪における調査を終えて東京に戻った三日後、依頼人に事務所に来てもらい報告した。この日の早川直子は、薄いピンクのツーピース姿だった。挙式前の慌ただしさの中にも、浮き立つような幸せがにじみ、最初に会った頃よりいくぶんふっくらしたようだ。体全体から充実感が漂っている。向かい合って座ったわたしは、すぐには報告書を渡さず、調査の概要をかいつまんで話した。異母妹弟が五人もいるくだりで、やや顔をこわばらせた依頼人に、
「お父様はお元気そうでしたよ」と声をかけ、報告書を渡した。
「ここで読んでもよろしいですか」
「もちろん、結構です」
と言ったあと、ちょっと失礼しますと言って別室に向かった。

十数分後、応接室に戻り、まだ報告書を読んでいる依頼人の前に座った。読み返しているのだろうか、依頼人は報告書の二ページ目に目を落としている。報告書は、社名を印刷した表紙があり、最初のページに調査の表題「本件の場合、新田繁夫殿に関する所在並びに、生活実態調査」とあり、依頼人の名前や報告日などが記載してある。二ページ目に、「一、被調査人事項」としてマルヒの氏名年齢住所など基本的本人事項があり、その下に、「被調査人近影」として、マルヒである依頼人の父親の写真を添付した。

依頼人の早川直子は、その写真をじっと見ている。写真は、マルヒが午後になってやっと外出したときに撮影したものだった。ズボンにワイシャツ、そのうえに薄手のジャンパーを羽織って、素足に下駄といういでたちである。背景にはみすぼらしい寿アパートの玄関部分が写っている。

やがて、依頼人は報告書を閉じた。わたしと目が合う。わたしが、「いかがですか」と聞くと、早川直子は、泣き笑いのような表情で小さく「はい」と言って、うなずいた。彼女は、調査を依頼した以上、結果がどんなものであろうと受け容れるしかない。わたしとしては、後悔だけはしてほしくなかった。
「あのう、所長さんは、こうした調査結果を予想していたんですか」
依頼人は、不安げな表情を隠さず聞く。
「もちろん、調査する前から結果などわかりません。ただ、結婚生活が極端に短い場合、夫のほうに原因があることが多いようですね」
と答えたあと、
「そういう点では、おおよその推測はできていました。お父さんも、好んでこういう人生を歩んでいるわけでもないのでしょうが、人は、自身の考えや努力ではどうにもならないこともあるのでしょうね。わたしは、決して運命論者ではありませんが、こんな仕事を長くやっていて、最近そう思うことが多くなりました。

あなたも、これから結婚してお子さんも授かるでしょう。そんなとき、ご自身の思惑と異なる場面に出合っても、むきになって抵抗せず、自然体で対処するようにしてくださいね。月並みな言い方ですが、朝の来ない夜はないでしょう」と優しく諭すように語りかけた。目の前に座って、わが事務所の報告書を見て茫然自失に陥っている若い依頼人は、わたしの長女とそう変わらない年齢である。わたしも、人の子の親になって初めてわかったこともある。できうるならば、子どもたちには悲しい思いをしないで生きていってほしいものである。獅子の親は幼子を断崖から突き落として鍛えるとも聞くが、わたしには、到底できない芸当であろう。

依頼人早川直子は、ぼんやりした表情でわたしの話を聞いていたが、ひどく思考が混乱しているのだろう、何か言おうとするのだが、適切な言葉が見つからないのか、黙りこくったまま時折、報告書を開き、じっと二ページ目を見つめている。

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