探偵 布団 2
依頼人が泊りの日の夜。胸騒ぎがして家に電話してみると、子供が出て、「お母さんはお仕事でいない」と言う。わが子にはそれ以上聞けず、悶々としてひと晩を過ごした。翌日帰宅してから妻に問いただすと、「会社を辞める人がいて、送別会があったの」とか、また他の日は、「納期が間に合わない商品の袋詰めをしていた」と、パート先での仕事を口実に言い訳をする。最初のうちは、「それなら前もってわかっているはずだから、朝言えばいいじゃないか」と優しく諭していたが、それからも何度か同じような状態が続いた。
ついに堪忍袋の緒が切れ、
「そんなところは辞めてしまえ!」
「辞めないわ!」
といった問答の末、思わず手を出したこともあったという。そして、とうとう妻は帰ってこなくなった。
わが事務所に来るまで、依頼人は自分なりに手を尽くして調べてみたらしい。その結果、パート先で知り合った十九歳の青年と親しくなり、家を出た同じ日からパート先にも出ていないこと、それに示し合わせたように青年も無断欠勤していることがわかった。忸怩たる思いで妻の職場を訪れた依頼人に対し、パートを勧めた妻の友人は、申し訳なさそうに、
「二人の親密さは、目に余るものがありました。奥さんが不倫に走ったことは、周りはみな知っていました」
などと告白した。いわゆる、知らぬは亭主ばかりなりといった状況が展開されていたのである。そして、妻は妻なりに追い詰められ、お定まりの駆け落ちを敢行した。それも、自分の子どもとそう変わらない年の大学生とである。
控えめで、夫の自分に口答えすることもなく、子どもたちにも優しい母親であった妻が、倫に外れたことをしたあげく自分や子どもまで捨てるとは、まったく思いもよらぬことだった。
夫はまず、自分自身を振り返ってみた。もしかしたら、妻をそこまで追い詰めた原因は自分に合ったのではないかなどと考えをめぐらせてみたが、これといって確かな原因は思いつかなかった。
しばらくは、子どもたちに対して適当な理由を言ってごまかした。だが、一か月が過ぎる頃には親族間でも騒ぎとなり、子どもたちをはじめ周囲に知られるところとなってしまった。田舎から妻の母親が上京し、家事や子どもたちの世話をしてくれることになって、自身の勤務に支障はなくなった。けれど、寂しがる下の子が不憫になり、本格的に捜索しようと決心したらしい。
家出から一か月あまりが過ぎており、持ち出したお金もそろそろ底をつくと判断したわたしは、依頼人に現金以外の金目のものは何を持って出たかを聞いてみた。すると東日本信託銀行中野支店にある、夫名義の定期預金の印鑑や証書をマルヒが持ち出していることなどを教えてくれた。さっそく依頼人を伴い東日本信託銀行の中野支店を訪問した。事情を話すと、銀行側は快く承諾してくれて、万が一、マルヒが解約に来たらすぐに連絡してくれる手はずになっていた。わたしはその足で、依頼人の住所地を所轄する野方警察署に回り、依頼人と共に、マルヒの捜索願を少年係に届け出た。
余談だが、家出人の捜索願は所轄警察署の少年課で受け付ける。今回のように成人の場合も同様である。しかし、家出人が成人の場合、受け付けはするがそれいじょうのことはしてくれない。例えば、犯罪に関係したり、その恐れがあると警察が判断したりしたときはその限りでないが、本件は、言ってみれば犬もくわない夫婦喧嘩の延長のようなもの。「警察もそんなに暇ではない」というところだろう。それでも捜索願を出すのは、マルヒを発見した際に、事情によっては所轄警察の協力を得る必要が生じる場合もあるからだ。