探偵 布団 4

わたしは単身マルヒの勤務先を所轄する警察署に行った。東京の探偵社の者であると身分を明かして、捜索を依頼された家出人を発見したことを説明し、マルヒを東京に連れ戻すための協力を要請した。対応した少年係の刑事は、東京の野方署に連絡を取り、捜索願が出ていることを確認のうえ、わたしの依頼を承諾してくれた。夕刻、新大阪駅で依頼人と落ち合い、マルヒの勤めているレストランを遠くから見せ、宿泊先のホテルに戻ると打ち合わせをした。当然ながら、依頼人は、すぐにでも妻を東京に連れ帰りたいと言う。
わたしたちは、いったんマルヒたちを警察に保護してもらい、そのあとで依頼人が妻を、わたしが青年を、別々の列車で東京まで連れ帰ることにした。翌日、依頼人を伴い、マルヒが勤務するレストランを所轄する大阪府警南警察署を訪問すると、昨日の担当者から引き継ぎを受けているという少年課の別の刑事と会って、あらためて打ち合わせを行った。
依頼人には、ひとまずホテルに帰って待機してもらうこととし、わたしと刑事は、マルヒの出勤前を見計らいレストランに行った。刑事さんが支配人に事情を話し、わたしたちは、タイムレコーダーのある場所が見える位置に陣取った。一時間ほど待ったであろうか、マルヒの遼子が出勤してきた。通用口から事務室に入り、わたしと刑事が座っている前を通る。そして、彼女がタイムカードを手にした瞬間、すかさず刑事が立ち上がりマルヒに近づくと、警察手帳を見せながら、「仲村遼子」さんですね」とたずねた。
その瞬間、マルヒは予想外の表情を見せた。素っ頓狂な声で笑い、やがて観念したかのような顔で刑事とわたしの顔をまじまじと見つめたのだ。あのとき、なぜマルヒが笑ったのか、わたしにはいまでもわからない。まるで小さな子どもが母親にいたずらを見つけられたときのような、さも照れくさそうな笑顔だった。わたしたちはマルヒを伴い、南警察署に向かった。彼女が掲示に事情を聴かれている間に、ホテルで待っている依頼人に連絡した。少年課は二階にあった。わたしは一階の正面玄関あたりで依頼人を待った。すぐにやってきた依頼人に「奥さんは上です」と、指をさして知らせ、ついでに「叩いたりしちゃダメですよ」とつけ加えた。
人は、時として、感情と裏腹な行動を取ることがある。うれしいとい、素直に喜びを表せず怒ったそぶりをしたり、悲しみに襲われたとき妙にはしゃいだりすることもある。マルヒが刑事に見せた表情と同様に、やっと妻を見つけた依頼人の心境も複雑であろう。依頼人は、やっと見つかったという安堵の気持ちとは裏腹に、自分を裏切った妻に対し、激しい憤りも感じているはずである。普段の温厚な顔つきとは異なり、いくぶん青ざめ、目はまさに尖っていた。
当然だろう。愛し合って結婚し、十七年間という長い年月、信じ切って何もかも任せ、共に暮らしてきた相手である。それがこともあろうに、息子と同じくらいの年齢の若い男と、愛の逃避行に及んだのである。少々乱暴だが、二人とも殺されたって文句を言えないほどの罪を犯したのではないか。私も同じ男として、依頼人の悔しい気持ちが痛いほどわかった。
依頼人は、真面目一筋といった印象の人物である。大学を出てサラリーマンとなり、やがてひとりの女性を好きになって結婚した。生まれてきた二人の子どもたちを大切に育て、心から家族を愛した。

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