探偵 布団 3

そういう準備をして、あとは妻が定期預金を解約しに来るのを待つだけという矢先の東日本信託銀行からの通報である。予定どおり十三分で中野駅北口に着いた。一般客を装って店に入り窓口業務を行う一階ロビーを見ると、隅のほうの椅子にポツンと座っているマルヒ、仲村遼子が確認できた。わたしは、カウンターの向こうで心配そうにこちらを見ている定期預金担当の行員に、すべて了解したことを目で知らせ、それからはマルヒの動向に神経を集中した。

首尾よく預金を解約できたマルヒは、晴れやかな顔で銀行を出ると、JR中野駅にある、みどりの窓口に行き、新大阪までのチケットを購入した。その後、東京駅構内の喫茶店で、時間をかけてコーヒーを飲みながらサンドイッチを食べ、十二時十七分発博多行きの新幹線ひかりに乗車した。わたしたちもこれを追尾した。

傍目には何不自由ないはずの幸せな家庭を捨て、倫理に背いた行為に走った女性を、やや野次馬的ながら、それでも調査員の目で十分観察した。マルヒは、身長一五七から一五八センチくらい。細身で平凡な顔立ちをしていた。若い男性との愛の逃避行を企てるくらいだから、服装や髪型、化粧などに気を配っている様子はあったが、二十年近く家庭の主婦をやってきた女性である。にわかに変身できるはずもなく、この日のマルヒは花柄のワンピースを着ていたが、ハイヒールの靴で歩く姿がぎこちなく、全体の印象としては極めて素人くさく、虚勢を張っているさまがなんとも哀れっぽく感じられた。

新大阪駅で新幹線を降りたマルヒは、地下鉄御堂筋線に乗り換えて心斎橋に行き、駅近くのビルの一階にある、大きなレストランの従業員専用通用口から店内に入った。とりあえず彼女の勤務先を確認したわたしは、調査員らと泊まるホテルを確保し、夕刻、くだんのレストラン前で再び張り込みを開始した。

マルヒは制服に着替え忙しく働いている。わたしは、なぜか不思議な光景を見ているような気になった。いま目の前にいる中年の女性は、ほんとうに自分たちが捜している仲村遼子なのだろうか。数週間前、その夫から妻の所在調査の依頼を受け、行方を捜すための網を張った。そして今日、そのマルヒが中野の銀行に現れ、夫である依頼人名義の定期預金を解約した。完全にマルヒを補足する体制を敷いていたわたしたちは、彼女を尾行し、五00キロ以上離れた大阪に来ている。彼女はいま、間違いなく二百万円という大金を持っているはずである。一刻も早く、愛している青年と落ち合って美味しいものを食べるとか、映画を見るとかすればよいではないか。

しかし、彼女は銀盤を持ってテーブルの間を忙しく動き回っている。その姿は、腹をすかせ塒で待っている子らに、稼いだ金で食料を得て帰らなければならない母親のそれである。まさしく苦労をしている姿であった。

当時四十そこそこだったわたしは、自分では人生の酸いも甘いも十分知っているつもりであった。しかし、遼子という女性の、女としての性を想像することはできなかった。夜十一時。昼間に使った通用口から出てきたマルヒを尾行する。そして、歩いて十分ほどのところにある小さなマンションの一室に入るのを確認した。

翌早朝、マルヒと一緒に暮らしている青年の勤務先を確認すべく、張り込みをする。青年がマンションを出て、守口市の運送店に出勤したことを突き止めた。わたしはその後、昨日からの経緯を電話で依頼人に報告した。その時点で依頼人の来阪を求めた。すぐに東京を発つという依頼人と、新大阪駅での待ち合わせを約束すると、調査員二人を帰京させた。

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