探偵 夜店 4

自宅とはまったく方向が違う。再び緊張感が我々を包む。午後七時十三分、京浜東北線の大船行き普通電車にマルヒが乗車する。今度は帰宅ラッシュのため車内はたいそう混雑しており、本を読むわけにもいかないマルヒは、つり革を握ってぼんやり車窓の景色を眺めている。マルヒを見失わないように距離を縮めることにした。東京駅、品川駅と過ぎていく。どこに行くのだろうと、われわれは互いに顔を見合わせたものの、行き先の見当がつかなかった。午後七時五十六分、電車は横浜駅に到着した。人の群れに交じってマルヒも同駅下車。当方もこれを追尾する。マルヒはそのまま、横浜駅中央改札口を通過する。午後八時、横浜駅西口にある高島屋前の公衆電話からどこかに電話をかけている。電話を終えたマルヒは、相鉄線横浜駅前を通り過ぎて、線路沿いに浅間台方面に歩いていく。相鉄線に乗り換える可能性もあったが、それはなくなった。プラプラとした足取りで、勝手知った道を自宅に向かっている風情である。わたしと二人の調査員はマルヒの前後を、やはり帰路につくサラリーマンよろしく尾行する。午後八時十七分、岡野一丁目四番地の交差点を左折して平岡橋を渡り平岡町に入る。伏見稲荷神社横を通過した。ちょうど平沼小学校の塀が切れるあたりまで来て、同刻、横浜市西区平沼二丁目十二番地所在の小ぶりなマンションに入った。マルヒは、階段で二階に上がり、二〇三号室前に来ると、「お帰りなさい」という声に迎えられて入室する。わたしの耳に、かすかだがマルヒの「ただいま」と答える声が聞こえた。今回の案件で最も重要な初動調査は、かくしてあっけなく終了した。やはりマルヒに愛人は存在していた。あの幸せそうな依頼人は、この事実を知ってどうするのだろうかと思った。依頼人の話を聞いた段階で、探偵のわたしには、調査するまでもなく、この結果は予想できていた。夫婦の問題に関しては、下手な探偵より、配偶者である妻の勘のほうが数倍上だ。このマルヒのように、一か月以上も帰らない夫なんて、任地への単身赴任などのケース以外には、いやしない。それなのに、今回の依頼人のように、年老いた母親に忠告されなければ気がつかないなんて、あまりにも暢気すぎる。わたしは、ひと仕事終えた安堵感から、いつもそうするように、調査員たちと横浜駅前の食堂で夜食を食べながら、近い将来、報告のために面談しなければならない依頼人を思いやった。しかし、その後の調査で、マルヒが単に不倫をしていただけでなく、さらに驚くべき事実を隠していたことが判明した。このことがあったからこそ、この調査がわたしにとって忘れられないものの一つとなったのである。
翌日から、さっそくマルヒが立ち寄ったマンションの部屋及び、同居人に関する内偵調査をはじめた。
翌日、わたしは依頼人に電話をかけた。「奥さん、ご主人の戸籍謄本を一通取っておいてください」「わたしどもの戸籍も必要なんですか」不倫関係にある女性の存在は伝えてあるが、子どもまでいるという事情をまだせつめいしていないので、依頼人は訝しがっていた。「すみません、ちょっと確かめたいことがあるのです」詳しい説明を省き、そう言うだけにとどめた。依頼人が戸籍謄本を手にしてみれば、夫に自分とは別の女性に生ませた子どもがおり、すでに認知しているという事実がすぐにわかることで、わたしがいちいち説明する必要はないと考えたからだ。それに、この事実が前もってわかったほうが話もしやすいし、わたしと会うまでに時間があれば、依頼人のショックも少しは和らぐだろうとも思えたからだ。

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