探偵 バブル 4

それから数日経った。「所長、鎌倉の阿部さんという女性からよ」助手の恵美子が受話器をわたしに渡そうとする。心当たりのないわたしは、しばらく、誰だろうと考えた。「早く、早く!所長の名前を言っているんだから」恵美子がせかすのでしかたなく受話器を取ると、素朴な感じの夫人の声が聞こえてきた。「あのう、いま、新宿警察から電話がありました」そう言ったきりあとは黙っている。わたしは一瞬、なんのことかわからず、「鎌倉の阿部さんですか・・・」と言いながら記憶をたどり、夫人の言葉の続きを待った。
「このあいだ、甥のことで訪ねていらした探偵さんではないのですか」先方は恐る恐るたずねてきた。それを聞いて、わたしは自分の馬鹿さ加減に腹が立った。電話をくれた阿部さんは、マルヒである川井の戸籍をたどって最初に訪問した、川井の亡母の妹、つまり叔母だった。
「すみません。川井さんのことで頭がいっぱいだったものですから・・・。阿部さんは確か、川井さんの叔母さまでしたよね」とっさにわたしは、そう取りつくろった。すると相手は安心したらしく、警察からの電話について話しはじめた。
「たったいま、新宿警察署の歌舞伎町交番というところから電話があって、そちらは文京区の川井さんのお身内ですかと聞かれました。そうですと答えると、川井という名前の男性が、コマ劇場近くのパークホテルというビジネスホテルの一室で意識不明になっており、ホテル側も困っているので、ぜひ引き取りに来てもらえませんかと言うんです」「コマ劇場近くのビジネスホテルの一室・・・」「そうなんです。それで、以前お見えになった探偵さんのことを思い出しましてね。とっさに、近くの親戚に相談してみますと申し上げて電話を切りまして・・・。ご迷惑じゃなかったでしょうか」わたしは、よく電話してくれたという感謝の気持ちでいっぱいになった。
「いえいえ、迷惑だなんて。叔母さん、わたしの事務所はそのホテルとは目と鼻の先ですから、すぐ行ってみます。それで、弱ってらっしゃるようでしたら、病院に入れるなりして万全を期しますのでご安心ください」「お手数をかけますが、よろしくお願いします」阿部さんはホッとしたようで、反対に礼を言われてしまった。
わたしは、すぐに坂口本部長に連絡した。「川井さんを発見しました。ただ、脱水症状を起こしてかなり衰弱している模様です。もしかしたら警察の扱いになるかもしれません。場所はパークホテルの八二九号室です」「警察が介入したらやっかいなことになる。俺たちが行くまで、あんたのほうでなんとかしてくれ」坂口本部長もやや興奮した声だ。「承知しました」
そう言うなり、わたしはその場にいた調査員を二名連れて事務所を飛び出した。パークホテルにはほんの二、三分で着いた。部屋の前に行くと、支配人らしき黒服の男性が心配そうな顔で立っている。
「川井さんのお身内の方ですか!」
わたしを見るなり飛びつかんばかりに駆け寄ってくる。幸い、まだ警察は来ていない。「ご迷惑をかけて申し訳ありません」
支配人に謝りながら、川井の親族を装い曖昧に声をかけながら部屋に入った。マルヒはベッドではなく床に横たわっていた。阿部さんは警察から、意識不明の重体と聞いていたが、わたしの目には、それほどでもないように映った。少なくとも死んではいない。わたしは、ひとまず安心した。
追いかけるように、坂口本部長が子分、いや、社員を数名連れてやって来た。わたしがこっちですと手招きすると、「ご苦労さん」と声をかけてくれて、マルヒをどうするかについて素早く部下たちと協議した。

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