探偵 バブル 3

坂口本部長は苦りきっている。
「人も住めないようなボロ屋が、どうして四千万円もするんですか」わたしがたずねると、坂口本部長はニヤリと笑って、「四億になるんだよ」と言う。わたしがポカンとしていると、「建物なんか関係ないのさ。欲しいのは土地さ。底地が二十数坪あって、すでに購入してある隣接の土地と合わせて、信託銀行が買い取ることになっているんだ。だからよう、見つけてくれれば、報酬はたっぷり出す」
坂口本部長はふんぞり返るような姿勢で、どうだ、と言わんばかりの顔でおっしゃる。その話を聞いたとたんに、報酬はともかく、この会社と関わるのも面白いかもしれないと考えた。探偵にとって、上客の一つは、「あぶく銭を稼いでいる人であり会社」である。特に、こうした会社の草創期は、従業員の定着率が悪く、全体に、企業としての基盤が軟弱のため、企業内におけるトラブルも多い。しかも、儲かってしょうがないから、支払いも大雑把だ。冗談のような話だが、間違って0が一つ多い請求書を出してしまったのに、なんのクレームも言われず振り込まれたこともあった。
とにかく、わたしは「承知しました。やらせてください」と言うと、マルヒについて詳しく聞き取り、大東和興産をあとにした。帰り際、エレベーターのところまで送ってきてくれた坂口本部長は、わたしの肩を抱くようにして、「近いうちに飲みに行こう」とフロア中に聞こえるような大声で言った。あくまでも調子がいいのだ。行方不明の地権者に対する所在調査がはじまった。所在調査といっても内容はさまざまである。書き置きを残して家出した主婦。ちょっと叱ったらプイッと出ていき、連絡の取れなくなった子ども。会社の手形を持ち出したまま出社しない経理課長。借金を返さずに行方をくらませた人などなど、いろいろなケースがある。中には必死に逃げている者もいれば、捜してくれることを願っているような者もいる。
このような家出人や行方不明者を捜す調査について、わが事務所は絶対の自信を持っていた。あるとき、関東でも知らぬ者はいないくらい有名な人物の依頼で、行方不明になっていた長男を捜し出したことがある。この長男は、父親の稼業を継ぐのが嫌で家出をし、数年もの間、行方がわからなかった。高齢になって少しばかり気弱になった親分が、子分たちに命じてあちこち捜させたが杳として行方がわからなかった。ところがその調査を依頼されてからわずか半日で長男を見つけ出したものだから、依頼人は驚くやら、大喜びするやらで大変だった。調査手法はお教えできないが、当時はあらゆる所在調査を成功させていた。
ところが川井というこの人物の行方はなかなか発見できなかった。身寄りもほとんどなく、しかも未婚だった。それまで一緒に暮らしていた母親が病死したあとは、生来の酒好きがますます高じ、仕事もやめてしまい、廃屋のような家で酒浸りになっていたらしい。神でもスーパーマンでもない私立探偵にとって、家出の原因が明確でなく、川井のように病的で、ほとんど蒸発に近い案件は苦労する。手がかりのポイントがないのである。
十日が過ぎ、三週間経っても何一つ手がかりが見つからない。いたずらに時間だけが過ぎた。この間、一度だけ問い合わせがあった。
「どうだい?やっこさんの居場所はつかめそうかい」
「川井さんはアルコール依存症で不安定な生活をしていて的が絞りにくくて・・・」
時間のかかっていることをわびたあとで状況を説明した。
「やっぱりな。まあよろしく頼むよ」坂口本部長は嫌味の一つも言わずに電話を切った。

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