探偵 キャバレー 1

-月曜日の人。
わたしたちはその依頼人をそう呼んでいた。ゴルフが趣味なのか、日に焼けて黒光りする顔色のデップリと肥えたその人が、最初にわたしの事務所を訪れたのが、梅雨が明けて間もない七月最後の月曜日だった。事前の連絡もなく、突然やってきた依頼人は、ひとりではなかった。「ちょっと調査を頼みたいんだが」そう言う声と共に無遠慮な態度で二人の中年男が入ってきた。一人は身長一七〇センチくらい、体重は九十キロはあろうかという巨体で、工事現場などでよく見かける現場監督ふうの雰囲気だった。そしてもう一人は、身長一六〇センチくらいの瘦せすぎの男だった。ちょうどわたしも出先から戻ってきたところで、タイミングよく応対することができたが、電話番の恵美子ひとりだったら怖くなるような人たちだろう。主たる依頼人は巨体の男で、彼一人が用件をほとんどしゃべり、もう一人の痩せすぎの男はニヤついた顔で相槌を打つだけだった。話が進むにつれ、わたしは、巨体の男について、自分の第一印象と大分違うかなと感じていた。会話は理路整然としていたし、短く刈り込んではいるが、きれいに七三に撫でつけられたヘアスタイルから、知性も感じられてきた。ダミ声でまくし立てるようにしゃべる依頼人は、いっこうに本題に入らず、「君は何年この仕事をしているのか」とか、「調査員は何人いるか」などと世間話を続ける。わたしは少し迷った。この二人は事務所やわたしを探っているのだろうか。もしかしたら税務署かなとも考えてみる。いやいや、こんな貧乏事務所に税務署員が来るはずがない。警察かなとも思った。
その頃わたしは、JR新宿駅の西口に近いオフィスビルの一室を事務所にしていた。レンガ造りの洒落た建物は、十二階建ての新築だった。六坪にも満たない狭さだが、探偵事務所としてはまずまずで、わたしは大いに気に入っていた。依頼人は、調査を依頼するにあたって、事務所の規模や能力を推量しているのだろうが、事務室内は、わたしの机とされている大きめの事務机が一つと、いま依頼人が座っている四人がけの応接セットがあるのみで、壁側に形ばかりの書類棚があり、わずかに事務所らしさを醸し出しているだけだった。
しかし、依頼人の問いかけに対し、経験年数こそ自信を持って言えても、「ええ、調査員は数十人います」などとは言えない。よしんば見栄を張って誇張したとて、少しもののわかる人ならば、かえって裏目となるだろう。わたしは、「そうですね、例えば、尾行調査でしたら同時に三件はこなせます」と正直に答え、尾行は決して一人ではできないことなどを、サラリとつけ加えた。そんな問答を繰り返し、わたしが、一見の依頼に事務所の実情を聞かれるままに話す必要もない、と痺れを切らしかけたとき、依頼人がふと、核心に触れる質問をしてきた。「ところで、こちらの名前も住所も聞かないで調査をしてくれますか」「結構です。ただ、その場合、調査費用は前金ですよ」「それは当然だ」こうしたやり取りがあって、ようやく具体的な依頼内容の説明がはじまった。

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